第232回 氣のせい

米の高騰でパンや麺類を増やす家庭が増えているようです。
それでも我々日本人の体は遥か昔から米を食べ続けてきたDNAで成っていますからやっぱりご飯が食べたくなります。何かパンとは違うパワーも出ます。昔の人力車夫が江戸から日光140㎞をご飯と沢庵の食事だけで駆け抜けていたのは有名です。気の毒に思った外人客が代わりにステーキやチーズを与えたところ、すぐにへたれてしまったそうです。
栄養学的には沢庵とご飯よりもステーキやチーズの方がタンパク質など栄養素は豊富で高カロリーです。
しかし実際パワーが出るのはご飯なのです。

食物というものは栄養素が全てではありません。成分として確認できる栄養素の他に成分として確認できない力もあります。この力を「気」と言います。正確には乄ではなく米と書いて「氣」です。古代アジア人が米に特別なパワーを感じていた証拠です。
サプリや冷凍食品でも栄養素は補えますが、そこには「氣」がありません。そのせいか新鮮な素材や手料理を食べている人は氣も補っているため顔の血色が良いです。冷凍食品やインスタント物ばかり食べている人は栄養が補えていても血色がワントーン暗く感じます。電子レンジは素材の分子を壊してしまうため栄養素は残っても氣が消えてしまいます。
自然界は全て数値で確認できる「物」と数値で表せない「働き」の二つから成っています。数値で表せる物を「陰」、数値で表せない働きを「陽」とします。つまり食物は栄養素が陰、氣が陽です。

そして陽(働き)は陰(物)を変化させることができます。
例えば遊んでいて「えっ？もう二時間も経ったの」という場合、時計の二時間は数値で表せる陰の時間です。しかし楽しいと時間が短く感じます。これが陽の時間です。「二時間ってこんなに短いんだ」「二時間って長いなあ～」と陽の時間は数値で表せません。だから「氣のせい」と言います。
インスタントコーヒーも高価なカップで飲めば美味しくなりますし、反対にこだわりのコーヒーでも粗末な紙コップで出されれば味は落ちます。素材(陰)とは関係のない雰囲気(陽)が合わさって味は出来ます。
「裕福」を考えてみても、沢山のお金があって豪華な家に住み、出来の良い子供と綺麗な女房が居れば食べ物としては完全栄養食品です。しかし毎日が面白くなかったり仲が悪ければ氣のないのサプリメントです。貧しくて子供は落ちこぼれ、虎のような女房では栄養不足かもしれませんが、毎日楽しく暮らせば栄養は少なくても健康食品です。

結局私たちは数値に示される陰(物)が満たされて裕福になると勘違いして優先順位を間違えています。
マルクスも「物質的充足が精神的充足をもたらす」と唱えました。私もある時まではその通りだと思っていましたが、結局「裕福な氣」を持つ人に物や人が集まってくることに気が付きました。物が働きを変えるということも人間社会では可能ですが、それは自然の法則と逆なので一時の小さいものです。
天(陽)の働きが大地(陰)に下降し、それに呼応して大地が万物を生むように宇宙機序としては陽(働き)→陰(物)です。陽なる父の働きで陰なる母が物を作り育てます。余談ですが、神話でも女神イザナミ(陰)から男神イザナギ(陽)を誘っても中々子供が出来ず、イザナギから誘うようにしたところ多くの神々が生まれたとあります。神話は自然の法則を説明しています。

東西の医学では西洋医学が陰、東洋医学が陽です。
検査値やレントゲンに写るもので健康の良否を決める西洋医学は陰の医学、経絡という見えない氣の流れを調整して健康にする東洋医学は陽の医学です。東洋医学の成立過程でも古代に解剖が行われており、内臓の位置やその働きについては現代でも通用する正確な記録があります。それでも見えない経絡の方を重視していったのは働きが肉体を変えることが分かったからです。


第232回香肌文庫　2025.6.1